【小説】その掌を
「僕はね、美琴。実のところきみのそういう——ええと——少し人と違う思考をするところが気に入ってたんだよ。悪く言えば捻くれているところが、ね」
石崎は言い澱みながらも悪びれず私にそう告げた。
気に入っていた……ね。
既に過去形になっていることに、彼自身はきっと気づいていないのだろう。
店内に流れる安っぽいジャズアレンジ風のポップソングに乗せて彼は身を乗り出し、こう続けた。
「もちろんきみにはきみなりの筋があって、きみなりの主張があるのはわかる。僕ときみとは別々の人間だ。見えている世界は人それぞれだからね。でもさ、やっぱり……真実は、いつもひとつなわけだ」
わざとらしく間を持たせて作り物のような言葉を吐く。こいつは出会った時からいつもそうだ。
「何が言いたいの?」
私はいらいらしながらコーヒーを啜る。
「うん。まあ……そうだな。これを伝えるのが何度目だか、もう覚えていないけど」
彼は彼でカフェラテを飲み干し、息を整えた。
「きみのことを想うからこそ伝えたいんだ。最後にもう一度だけ、言わせてくれ」
店内BGMが切り替わる、一瞬の静寂。
彼の眼鏡の奥——少し眠たげながらも鋭い視線が私の視線とぶつかる。
『最後』。
彼が私との最後に何を告げるかなんて、わかりきっている。
もううんざりだ、こんなの。
いっそ清々しい気持ちで私は彼の次の言葉を待っていた。
「——ジャンケンで一番強いのは、グーだ」
何度聞いても理解できない言葉が私の頭の中に響く。
ジャンケンで、一番強いのは、グー……。
こいつは——一体何を言っているんだ?
「パーやチョキなんて比べ物にならない。拳だよ。つまり力。しかも石ほど硬いときた。パーとかいう紙切れや、ましてやチョキなんていうハサミモドキにだって負ける理由がこれっぽっちも見つからない。なんてったって力なんだから」
「そもそもジャンケンの構造がおかしいんだ。間違ってる。三つ巴で戦わせるなんて野蛮だし、ナンセンスだよ。僕に言わせてみれば三国志の時代でそんなものは終わらせておくべきだったね」
「オッカムの剃刀って言葉を知っているかい?ま、簡単に言えば、物事を説明する定義は単純なほど良い——ってことさ。つまりジャンケンの構造をよりシンプルに仮定するなら、一対一で事足りるはずなんだ。君だって、パーかグーかふたつにひとつなら、当然グーを出すだろう、ええ?」
かつて愛したひとの、理解できないほど無邪気な表情を見ながら——いや、これ以上見たくなくて。
わたしは上の空でこんなことを思っていた。
コーヒーって苦いし黒くて怖え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(終わり)